前編記事はこちら▼
https://www.technology-doctor.com/case/amrl-dialogue-01
株式会社テックドクターの「AIと医療の関係研究所」では、AIが医療のあり方をどのように変えていくのかについて、日々調査や研究を進めています。
今回はその活動の一環として、研究者としてだけでなく臨床医としても活躍されている岸本泰士郎先生と矢野裕一朗先生に、対談形式でお話を伺いました。
前編では、大規模言語モデル(LLM)をはじめとしたAI技術が、実際の医療現場でどのように使われる可能性があるのか、具体的な事例を交えて語っていただきました。また、それによって患者と医師の関係性がどのように変わっていくのかについても、さまざまな視点からお話しいただきました。
後編では視野を広げ、AIが社会と医療の関係にどのような影響を及ぼすのかについて掘り下げました。ウェルビーイングへの影響やAIへの依存、技術の進展とルールづくりのバランスなど、より踏み込んだテーマにも触れています。
AIがもたらす未来の医療と社会の姿について、先生方のお考えを紹介します。
湊:
先日、藤田卓仙先生と東京財団に寄稿させていただきました。(記事リンク)
本日のインタビューは、AIと医療の関係がテーマです。社会学者のタルコット・パーソンズが提唱した医師・病院・患者の関係性、特に「病人の役割論」は、近代社会における医療社会学において重要なポイントだと考えています。
パーソンズは、近代化の中で産業が発展し、労働への参加が健常者の定義となり、病人は「働けない状態」とされました。医師には患者のプライバシーに関わる権利が与えられ、患者を社会に戻す手助けをする、患者は努力して社会に戻ることが役割とされています。
しかし、コロナ禍を経て社会や働き方が変化する中で、AIの登場は医療と社会の関係を確実に変えていくと考えられます。医師が「治す」という行為が医療の大前提でしたが、AIによって人類が労働から解放され、社会に戻らなくてもその人なりの幸福や高いQOLをサポートすることへと拡大する可能性があります。医師と患者、そして医療と社会の関係が今後どのように変化していくのか、このオープンな問いについて、お二方の考えをお聞かせください。

矢野先生:
ウェルビーイングを考える上で、人生の目的(パーパス)は欠かせない要素です。マズローの欲求段階説が示すように、人間は衣食住という生存基盤が満たされると、次に「自分は何のために生きるのか」という、より高次の問いに向き合います。ここで、AIがもたらす可能性が浮上します。もしAIが日々の労働や作業を代行し、私たちが純粋に自身のパーパスを探求する時間を得られるなら、それはウェルビーイングに大きく貢献するでしょう。
しかし、同時に「では、そのパーパスとは何か」という根源的な問いが、より鮮明に私たちに突きつけられることになります。人生の意義は、誰かに与えられる画一的なものではなく、自らが見出すべき極めて個人的なものです。だからこそ、時にそれは不確かで、まるで「幻」のように感じられることもあるでしょう。重要なのは、この「答えのない問い」とどう向き合うかです。パーパスに絶対的な正解はないと受け入れたとき、テクノロジーの新たな役割が見えてきます。AIは私たちに目的を「与える」のではなく、あくまで個々人が自身のウェルビーイングやパーパスを設計し、実現するための「強力な支援ツール」となり得るのです。
岸本先生:
健康やウェルビーイングに対する考え方も、世の中の移り変わりとともに、変わる部分が大きいでしょうね。
リスクの話にもなりますが、LLMによるカウンセリングの可能性について先ほどお伝えしました。LLMの発展とともに、相談者の辛い気持ちを和らげる、満足度を上げる会話をAIが提供することは実際に可能になっています。
辛い時に相談し、そこで慰められて楽になる。でも、本当にそれでよいのか?依存に陥ってしまう人がいるという指摘もあります。現実社会で問題に直面したり、調整する作業も必要なのに、バーチャル空間でその場限りの癒しを提供されるということは、長い目で見るとリスクとなるでしょう。
また、少し話が逸れるかもしれませんが、今問題になっているエコーチェンバーの問題。インターネット空間で、自分と同じ意見を持つ人々の情報を繰り返し見聞きすることで、自分の意見が一方的に強化される現象ですが、偏った考えになりやすい、過激な考えに至りやすいなどの問題が指摘されています。それがもっと人の心を巧に操れるAIが介在するとなるとどうでしょう?AIは大変便利ですが、これをどう使いこなすのか、リスクとどう向き合っていくのか、これからの人類が考えなければならない非常に難しい課題だと考えています。
湊:
非常に興味深いですね。その論点をぜひ、ここから深掘りさせてください。
AIが人間に合わせて適応していくにつれて、人間はそれに依存するようになる。これは、ある種の依存関係として進行する可能性があるということですよね。
岸本先生:
はい、そうです。エコーチェンバーに関しては、人間が元々持っている心理的な癖が、環境によって強められているだけと私は捉えています。人と人が会って話をしなければならなかった時代では、意見が合わないところはお互い少しずつ歩み寄って、なんとかうまく折衷案をみつけていたはずです。
SNSでは、自分の都合の良い意見を持っている人が簡単に集まりますよね。少し極端な思考だったはずの人たちが集まれる環境がつくられています。
こうした問題はAIでさらに強調されることもあるでしょう。逆に、もっと賢いAIができればそのような問題も防げるかもしれない。人類の幸福とは何か。AIに助けてもらわないと平和が保てない、幸福でいられない人類というのもどうかなとは思いますが。
湊:
岸本先生からご指摘があった課題について、すぐに解決策は出ないとは思いますが、どうお考えになりますか。
矢野先生:
AIとの健全な関係をどう築くかは、現代社会の喫緊の課題です。テクノロジーは善にも悪にもなり得るため、その強力な利便性にいかにして依存しすぎないかが問われています。米国では若年層のAI依存が問題視されるなど、この課題はすでに現実のものとなっています。
この問題は、大きく2つのレベルで考える必要があります。第一に、社会レベルでのガバナンスです。テクノロジーの進化速度に法規制が追いつかない現状において、エコーチェンバーのような過剰なエンゲージメントをどう防ぐか。依存を防ぎ、健全な利用を促すための賢明なルール設計が不可欠です。第二に、専門分野における教育や業務の再設計です。例えば、私が身を置く医療現場では「退院サマリー」の作成が好例です。かつて若手医師は、深夜までかけて患者の情報を整理し、サマリーを作成することで臨床的な思考力を鍛えてきました。今やAIが瞬時に代行できますが、これは単なる効率化では済みません。このプロセスで培われた「人間ならではのスキル」を、私たちは意図的に放棄して良いのかという問いを突きつけます。 だからこそ、例えば「研修医はAIを使わず手作業を必須とする」のように、利便性を享受しつつも、人間が保持すべき能力を意図的に守り育てるための「知的な規制」や「業務設計」が極めて重要になります。これこそ、今多くの組織や大学が直面している核心的な悩みでしょう。
岸本先生がおっしゃるように、AIは非常に「心地よい」存在です。だからこそ私たちは、AIに依存しすぎず人間の中核的能力をどう維持するか、そしてAIが生み出した時間を、家族との対話や自己投資といった真に豊かな活動にどう使うか、という戦略的な問いに向き合う必要があるのです。
湊:
おっしゃる通りですね。
規制の話が出ましたが、それは一つの方向性だとは思います。しかし、残念ながら規制が追いつかない現状では、解決策の一つでありながら、それだけでは難しいだろうとも感じます。倫理面や社会学的な面を含めて、他にどのような解決策があると思われますか。

岸本先生:
SNSに関する規制は難しい問題ですね。言論の自由はきわめて重要であり、人類は歴史の中で大きな失敗を繰り返しながら、その自由の必要性を学んできたわけです。安易な規制は危険でしょう。
だいぶ次元の違う話にはなってしまいますが、一方で、医療行為に関しては安全性を重視する姿勢が強いため、安易になんでもやってはいけない、医療行為はそうそう自由にはできない仕組みができています。便利そう、効果がありそうなものがあったとしても、本当に害がないのか、リスクとベネフィットのバランスをしっかり検証して、やっと導入される。もちろん必要なプロセスだと思いますが、世の中で実現できる技術のレベルと患者さんに届けられる医療との間にはギャップが生じがちで、これもまた課題であると考えます。LLMの活用は、現代の医療の中でもその最たるものでしょう。
安全性を確保しつつ、できることを最大限にスピーディーに実現できるようにするのか、どんな規制がベストなのか、それを見極めることは非常に難しいことだと思います。
湊:
倫理的なアプローチにもなってきそうですね。
岸本先生:
そうですね。倫理、社会、法的な議論(ELSI)が必要です。
また、こうした新しいアプローチの効果を見極めようとする際、臨床試験のアウトカムの設定をどうしていくかという点も重要だろうと思います。
医薬品は通常、対象となる疾患があり、その疾患の重症度を規定するスケールが存在します。そのスケールの改善度を確認しながら、副作用についても検証し、総合的にベネフィットが大きいと判断できれば、販売しても良い、という判断がされてきました。
しかし、アプリ治療、特に今後のLLMを用いた医療機器の作用の仕方は複雑だと思います。薬と違って特定の症状へ働きかけるものも今後でてくるでしょうし、想像していなかった長期的な影響が出るかもしれません。先ほど話したように、こうしたものの利用が医療や社会全体にどういう影響を及ぼし得るのか、なかなか想像がつきにくいです。様々なツールがかなりのスピードで登場する中で、望ましい人類の未来を規定することや、長期的なポジティブ、ネガティブな影響を見ていくことは非常に困難です。
矢野先生:
究極的には、個人がAIに対するリテラシーをどう高めていくかという問題になると思います。それを学校教育として行うべきかとなると、教育分野の管轄も関わってきますが、ある程度の必要性はあると考えています。
湊:
最後のご質問です。「AIと医療の関係研究所」では、今回お話しいただいたようなテーマについて、まだ明確な答えはありませんが、考察や議論を深め、独自の調査・研究も行っていきたいと考えております。
そこで、「こんなアプローチが良い」「こんなことに期待している」「こんなことができたら良い」といったご意見やアイデアがございましたら、お聞かせいただけますでしょうか。
矢野先生:
対話型AIの活用法は、今年に入り大きな転換点を迎えています。これまでは新しいアイデアの創出や創作活動が中心でしたが、その主軸は明らかに、よりパーソナルな「対話」へと移行しました。ここで言う「対話」とは、単なる雑談ではありません。メンタルヘルスの悩み相談から、自己の能力開発や成長支援まで、AIが個人の内面に深く関わる事例が急増しています。事実、この分野の市場規模は急速に拡大しており、AIとの対話が日常生活に溶け込むのは、もはや避けられない潮流と言えるでしょう。
この変化がもたらす重大な帰結は、対話データが新たな価値を持つという点です。日々AIと交わされる膨大なテキスト情報は、個人の価値観、精神状態、興味の対象、ひいては消費傾向までを浮き彫りにします。これらは、個人の特性を示す一種の「デジタル・マーカー」として、様々なサービスや分析に活用される可能性を秘めているのです。
例えばウェアラブルデバイスによる歩数や睡眠、心拍変動といった情報に加えて、対話情報が融合する時代が来ることは、個人的には非常に面白いと思っています。
ウェアラブルデバイスは睡眠時間などを記録できますよね。その睡眠の状態が、会話、つまりその人の感情やパフォーマンス、ウェルビーイングとどのように関係しているのかが可視化できるようになるかもしれません。
これは、昔デカルトが「心と体は乖離している」と述べた後、最終的には「心と体は一体である」という心身合一の結論に至ったように、ウェアラブルデバイスから得られる生体情報と対話が結びつくことで、そのような心身合一の世界が実現するかもしれないと思うのです。
そうなると、ライフスタイルの改善にもより深く入り込めるようになるでしょう。「こんなに睡眠の質が悪いと、最近の会話がイライラしているのはそのためかもしれない」といったように、それが自分事として捉えられるようになる可能性があります。そのため、デジタルバイオマーカーの取り組みに、対話という要素がどのように融合できるのかという点に個人的に興味があります。
岸本先生:
人類が健康を増進し、病気を予防するという観点から、AIは非常に大きなポテンシャルを有していると思います。矢野先生がおっしゃる通り、ウェアラブルデバイスで得られるライフログデータや、体の特定の臓器の動きを反映するバイオマーカーなど、様々なデータを総合的に活用して、より良い医療技術や予防医療技術ができるとよいと思います。私たちはその促進に貢献したいと考えています。
また、LLMの登場で、医療AIは診断だけではなく、より複雑な介入に活用する未来も現実味を帯びてきています。AIは人類が生み出したものですから、うまく活用して様々な医療のアンメットニーズを解消する研究開発を進めるべきです。そのための仕組み作りや議論、技術開発も必要だと考えます。
同時に、リスクについても気を配りながら開発を進めるべきでしょう。リスクばかりに目がいってブレーキをかけすぎてしまうと、得られるものもありませんので、よいバランス感が必要なのだと思います。そのためにどのような仕組みがあると良いのかについても、考えていきたいです。
湊:
本日は貴重なお話をありがとうございました。AIと医療の関係性について多角的な視点から深く考察でき、今後の研究に大きな示唆をいただきました。AIの進化がもたらす医療の変革、医師の役割、社会全体のウェルビーイングや倫理的課題について、先生方の専門的見識と未来への展望に感謝いたします。
「AIと医療の関係研究所」では、引き続き議論を深め実践的な研究を進めてまいります。AIが人類の幸福と健康に貢献できる未来を創造するため、今後も先生方と連携し、新たなアプローチを模索していきます。

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